2022年の調査結果

2022年の調査結果

「石柱の広場 複合体プロジェクト(PPCC)」の第6回フィールドシーズンは、2022年の2月から3月、そして7月から8月の2回にわたって行われました。今回もまた、現場やラボのスタッフ、考古学者、そして各分野の専門家からなる大きなチームが調査に加わりました。

2022年度は、フロントD(石柱の広場)とフロントF(太陽のピラミッド北側の広場)において、45箇所の発掘区画と1本のトンネルの調査が進められました。

ここでは、今シーズン得られた特に興味深い発見のいくつかをご紹介します。


フロントD:大規模な「宴」の調査が完了へ

これまでの報告にもあった通り、「献納遺構 D1」は当時の重要な出来事の痕跡を残す場所です。テオティワカンでも最大級のピラミッドの一つである「建造物25C」の土台に位置しており、マヤ地域のような遠方からの賓客を招いた「盛大な宴」の後に残された、いわば「供宴のゴミ」ではないかと考えられています。

この遺構は、第1回フィールドシーズンから慎重に発掘が続けられてきましたが、2022年の調査でついにその範囲を特定することができました。広さは約17.5平方メートルに及びます。

次のステップは、出土した遺物の分析を完了させることです。そこには2万5千点を超える土器の破片のほか、動物の骨や植物の残留物などが含まれており、おそらくこの盛大な宴で振る舞われた食事の一部だったと考えられています。

Front D, Tunnel 7, Offering D1
(フロントD:トンネル7、献納遺構 D1)

火災に見舞われた巨大な建造物

「建造物44」は、非常に大きな建物でした。調査の結果、長い年月をかけて新しい壁や床が継ぎ足され、建物全体が高くなるように改築が繰り返されてきたことがわかっています。

地表に最も近い場所で見つかったのが、最後に建設された段階のものです。その最終期の床の上からは、火災の燃えかすや、建物が解体された跡が見つかりました。この火災は、テオティワカンの崩壊に関連した大規模な火災によるものと考えられています。同様の痕跡は、2017年のフロントCや、2022年のフロントF(建造物8)でも記録されています。

この写真では、床のすぐ上の層に暗い色が確認できますが、これが火災によって焼けた跡(燃えかす)を示しています。

この建造物について、他にも北側の壁の位置や南東の角が見つかるなど、新たな事実が判明しました。最近の調査でようやく、建物の幅が14メートル、長さが少なくとも59メートルあることが分かりましたが、実際には全長109メートルほどあったのではないかと推測しています。今後の発掘調査で、さらに詳しい姿が明らかになるのが楽しみです。


献納遺構 D5:骨が語るさらなる物語

もう一つの興味深い発見は、「建造物44」の南東の角の土台部分で見つかりました。ここにはヒトや動物の遺骸が堆積しており、その数は1,446点を超え、3.20平方メートルの範囲に広がっていました。

非常に興味深いことに、この遺構は、そこから19メートルほど東にある「献納遺構 A1」とほぼ同じ深さの場所で見つかっています。果たして、この二つの場所には何か関連があったのでしょうか? そして、なぜそこに骨が置かれていたのでしょうか。回収された遺物の分析を進めることで、こうした謎を解く手がかりが得られると考えています。

フロントF

この発掘エリアは、「死者の大通り」を挟んで反対側、太陽のピラミッドの北広場に位置しています。「石柱の広場」とは対照的な場所ではありますが、これら二つの区画は互いに関連し合っていたと考えられています。

火災の跡が残る部屋の数々

今回の調査では、「建造物8」の一部を発掘しました。特に、この建物が最後に使われていた時期の様子に焦点を当てて調査を進めたところ、人々が暮らしていたと思われる一連の部屋が見つかりました。

壁で区切られていることや、「柱穴(ちゅうけつ)」があることから、これらが部屋であったことがわかります。かつてはその穴に木製の柱が立てられ、屋根を支えていました。そのため、私たちは今、当時の建物の「中」を調査しているのだとはっきり断言できます。

さらに、これらの柱穴の周りや、床のすぐ上の土からは、激しく焼けた跡も見つかりました。こうした火災の証拠は、都市が崩壊する直前に起きたテオティワカンの大火災に関連している可能性が非常に高いと考えられます。

床の上の層を掘り進めていくと、火災によって焼けた跡が次々と見つかりました。

床の上に残る黒い跡は、激しい火災があったことを物語る証拠です。

写真の上の方に見えるのが、かつて屋根を支える柱が立っていた「柱穴」の跡です。

壁画の断片

今回の調査では、非常に興味深い壁画の数々も発見されました。フロントDで見つかったマヤ様式の壁画とは対照的に、ここフロントFで見つかった断片は、はっきりとテオティワカン独自の特徴を持っています。

今シーズンは、「建造物79B」や「建造物8」の西側にある壁から、当時のまま残っている小さな壁画の跡が見つかりました。また、意匠が施された壁画の断片もいくつか出土しています。

巨大な壁

2018年、過去への扉を少しだけ開くような発見がありました。この区画の東端を画する壁が見つかったのです。

今年は、2018年に見つかったその壁をたどる形で、太陽のピラミッド北広場の「北東の角」を探す調査を続けました。この壁の構造については非常に興味深い情報を記録することができましたが、残念ながら角の部分を特定するまでには至りませんでした。

次回の調査シーズンでは、この壁のさらなる詳細や、まだ見ぬ角の場所を突き止めたいと考えています。